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皆様こんにちは、南塚直子です。
大勢の方々の前でお話することは苦手ですが、今日は花の絵本を中心に、安房さんとどのように絵本作りをしたかを、お話ししたいと思います。
安房さんの童話のファンであった私は、三十年ほど前にパステル画の個展をした時に、見知らぬ安房さんに思いきって案内の葉書をお送りしました。安房さんは、その時には、いらっしゃいませんでしたが、個展の後にお電話をくださいまして、初めて直接お話できました。
私はその頃、黒い紙にパステルで絵を描いていましたが、その感じと安房さんの作品世界が近いような気がしていました。 それに、安房さんの作品を読むと、いつもすーっと絵が浮かんできます。それで、いつか安房さんの作品に絵を描くことができたらと、夢見ていたのです。
幸運にも安房さんの方も私の案内状の絵を気に入ってくださり、挿絵を描かせてくださるということでご縁ができました。最初はベルマーク新聞の小さな挿絵でした。
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「青 い 花」 『青い花』のイラストを描くお話は、岩崎書店の津久井さんからのお電話で、絵本化するにあたって、安房さんとご相談されたところ、私の絵をのぞまれたとのことでした。
それから、安房さんともお会いして、この絵本を作ることになりました。私は、安房さんといっしょに絵本を作れるうれしさの反面、それまでほとんどイラストレーションの経験がなく不安でした。けれども、安房さんが、「自分の画集を作るような気持ちで、好きなように描けばよいのよ」とおっしゃってくださり、だいぶ気持ちが楽になりました。私は、男性の絵は苦手でしたが、お話の中の女の子に導かれて、描ける場面から描き、不得意なところは、後回しにしたりしました。パステルは消すことができるので、消したり描いたりしながら、絵を完成させていきました。絵は、ほとんどが紫色の紙に描きました。あじさいの花の世界が紫色の紙に合うと思ったからです。
私は、あじさいの精の女の子が、雨に濡れて、ぽつんと立っているというような場面がとても好きで、描いていて楽しく、安房さんとも気があって、本当に、楽しく仕事をさせていただきました。
「やさしいたんぽぽ」 『青い花』の後、しばらくして、また安房さんからお電話をいただきました。
安房さんは机の引き出しの中に、創作のヒントになるメモとか、ご自分の短い文がのったパンフレットなどをしまわれていたらしいのですが、その中に、数年前にどこかの会社の広告のパンフレットに書かれた短い物語があって、私にぴったりのお話だからどうかしら?とおっしゃり、すぐに送ってくださいました。
翌日、届いたお手紙を持って、たまたま子供と行く約束をしていた多摩川へ、自転車でまいりました。子供たちは、川辺で遊んでおりましたので、私は、ひとり、草原に座り原稿を読みました。
ひが くれて、もう だれも いなくなった
はるの のはらに、おんなのこが ひとり
たっていました。おんなのこは、エプロン
のなかに、ちいさな あたたかいものを
かくしていました。
この書きだしの文章を読んだとたん、女の子の立っている情景がすーっと浮かびあがりました。そして読み進むにつれて、どんどん場面が頭の中に展開していきます。

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それで、これは絵本に出来ると確信いたしまして、家に帰るとすぐに安房さんにお電話をして、ぜひにと申し上げました。それから、安房さんから小峰書店にお話くださいまして、了解されました。
この本の絵も、紫色の紙を使っているのですが、部分的には、黒い紙も使っています。出版され、課題図書にもなりましたが、何年かたってから、絵がこわいといわれたことがあります(笑い)。特に表紙の絵の紫と黄色と緑、これは補色関係の色で、対立する色なんですね。それで、目立つけれど、こういう配色の色は、プロからすると危険性が伴う色なんだそうです。私は、夕暮れの世界にふさわしいと思って、紫の色を使うことになんの疑問も抱いてはいませんでしたので、そんな話を聞いてびっくりしました。それから、もう一つこわいといわれた絵があります(笑い)。電車に乗っている捨て猫や犬たちが、こわいと言われてしまいました。
でも、安房さんも編集の小峰さんも、なにもおっしゃいませんでしたから、これでいいのかなと思っていました。この
物語は、ほんとうは、ちょっとこわいお話ですよね。それで、私もこれでよいと思っていたのかもしれません。
ともかく、出来上がったときに安房さんが、じっと手に持たれて、「私、この本好きだわ」とおっしゃってくださったのが、今も忘れられない嬉しさです。


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「うさぎのくれたバレエシューズ」
このお話も、短いメモのようなものでした。やはり安房さんの引き出しの中から出てきて、読んでみてと言われした。
それから、小峰さんと三人でお会いして、絵本作りの相談が始まりました。
当初は、桜の木はなんの意味も持たず、ただの背景として立っていたのですが、話し合っている中で、小峰さんの提案もあり、桜の木の汁で靴を染めることにしたらどうかということになりました。


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すると、「じゃあ、染まるかどうか実験をしてみるわ」と、安房さんがおっしゃり、実験をなさったのです。染物では、花の色を出すには、花の咲く前の枝を使うらしいのですね。話が出たのが秋だったので、実験は二月くらいになりました。そして、ほんとうに染める事に成功なさったのです(笑い)。
安房さんは、ファンタジー作家と言われていますが、いつも、「ファンタジーであるからこそ、リアリズムが大切なのよ」とおっしゃっていました。それで、この実験で大丈夫ということになり、桜の木で染めるお話が進められ、うさぎのバレエ団と桜の木が密接な関係を持つようになりました。
絵は、銅版画です。ハンガリーで勉強してきましたが、これは、銅版に直接ぎーっと線を彫っていくやり方でしましたので、力が要るので、けっこう時間をかけて作りました。一版多色刷りですので、一枚の版の上に、いろいろな色を指で乗せていきます。浮世絵などでは、色ごとに版を重ねていくのですが…。私の場合は、ここは赤、ここは緑…と一つの版に色を乗せ、その後布でふきとります。その時に色が混ざらないようにするのが、けっこう大変な仕事です。うさぎが緑色になったり、野原がピンク色になっては、いけませんからね。
見開きの場合、一日に、せいぜい二枚ぐらいしか刷れませんが、それも、必ずしも成功するとはかぎりません。同じものが二枚できるわけではないので、何枚か刷って、ベストなものを選びながら作りました。
この本は、女の子たちのロングセラーになったようで、本を読んでから、バレエを習い始めたとか、ピンクの服を着るようになったとか聞くと、嬉しくなります。

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「たんぽぽ色のりぼん」
『たんぽぽ色のりぼん』は、安房さんが亡くなる少し前に原稿をいただきました。文は、そのまま、直さないでということでした。下絵を考えておりましたら、それから半年ぐらいで、安房さんは突然亡くなってしまわれました。銅版画で描く場合、私は、二年ぐらいかけて、下絵を考えます。いつものゆっくりした私のペースで製作しておりましたので、お亡くなりになったことを、岩崎書店の津久井さんからお聞きした時は、晴天の霹靂で、ものすごいショックを受けました。御身体の調子が悪く、入院なされたと聞き、お母さまにお電話したところ、今はお見舞いは遠慮くださいというお話でしたので、心配していたところでしたけれども、まさか、そんなに重いご病気だとは思ってもみませんでしたので、ほんとうに驚き、言葉にならない悲しみでした…。
それで、これは亡くなられてから本になり、遺作となりました。

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実は、もうひとつ、これは、花のお話ではありませんが、「うぐいす」という作品を「目白児童文学」に書かれていたことがわかりまして、この作品の方が後だとわかり、これも小峰書店から本として出すことになり、私が絵を描かせていただきました。これは、うぐいすがお礼にくるという、とても可愛らしいお話で、水彩とパステルで描かせていただきました。
絵本に関するお話は、これで終わりです。

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素顔の安房さん
ここからは、絵本作り以外でおつきあいさせていただいた、安房さんについてお話ししたいと思います。
安房さんが亡くなられてから、安房さんのお姉さまや、日本女子大の方からお聞きした話では、安房さんは、お友達づき合いの少ない方で、プライベートなことは、あまりお話なさらなかったそうです。でも、私と安房さんとは、とても気が合ったんですね。私は六歳年下ですが、なんというか、まるで姉妹のようにとても分かる部分がありました。それで安房さんも、私のいうことをよく聞いてくださったのだと思います。(中略)
お人形
安房さんは、お人形がお好きで、何体かお持ちでしたが、今は、日本女子大の記念館に保存されているとのことです。
実は、私もお人形が大好きなのです。
それで、安房さんとアンティークの人形が欲しいなどと、話していたのですね。安房さんは最初、市松人形は欲しいけれど、古いお人形は、こわいとおっしゃっていました。前の持ち主がどんな人だったか、どんな扱いをしたかなどわからないし、怨念のようなものがあるかもしれないので(笑い)、こわいとおっしゃいました。
でもある日、「市松人形を買ったから、見て」とおっしゃったので、びっくりしました。その人形は体は新しく、着物だけが古布で作られていました。布はよく洗ってから縫われているので、こわくはない、とのことでした。「工房朋」というところの作品で、そのお店の人形展に一緒にいきましょうと誘われ、銀座に行きました。とてもきれいなお人形ばかりでした。「あなたも買わない?」といわれましたが、私にはちょっと手の届くお値だんではなかったので、買いませんでした。

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その後、すっかりその工房のお人形が気に入られ、三体か四体求められました。だんだん大きいのが欲しくなられ、一人では淋しいから姉妹が欲しいとおっしゃって…。とっても気に入られたのがあって、それは、大きいから、お値段も高くて、どうしようかと迷われていました。私もお店にご一緒したりしましたが、結局三回ぐらいお店にかよわれ、「まだあったから、あの子は、わたしを待っていたんだわ」とおっしゃり、とうとう買われたのが、松の模様の着物を着たお人形で、松子という名をつけられました。赤い着物を着た子は、紅子ちゃんという名にされました。
安房さんは、その写真を撮って、絵葉書を作って、「松子という名前にしました」と書いたりして、送ってくださいました。そして、こんなに人形にうつつをぬかしたりするのは、いい歳をして恥ずかしいし、人には話せないけれど、あなたならわかってくれるから…と、夢中になって人形のことを話されました。
お好きな言葉
安房さんは、よく、「謎めいていて素敵ね」とおっしゃいました。それで私も謎めいていることは、価値があるのだと思うようになりました。謎めいていることが、安房さんの作品につながっているように思えます。安房さんの作品には、闇がある、絵でいいますと、後ろに黒いグラウンドがあるというような感じです。安房さんには、闇の世界、死の世界に引き付けられるような体質があったのではないでしょうか。
ある時、こんなことを話されました。
子供の時から、夜眠る時に、眠りと眠らない世界の境界はどうなっているのだろうと考えられたそうです。その移行する瞬間を知りたくて、いつくるか、いつくるかと思いながら眠ったというのです。闇とか死の世界への移行に、子供の時から興味があり、そういう世界に行ったり来たりすることにずっと惹かれていたようです。その闇の世界をご自身の作品の中にも作り上げられ、なぞめいた魅力になったのではないでしょうか。

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会場からの質問
* お二人とも直子さんですが、
名前が同じことをどう思いますか?
たまたま同じですが、安房さんの作品を読んだ時に、いつか、この方にお会いすることになるだろうという、予感といいますか、ご縁のようなものを感じました。それから、初めてお電話いただいた時に、安房さんのご主人のご職業が私の主人と同じではないかと直感いたしました。安房さんは、どうしてわかったのかと、びっくりしておられました。本当に、ご縁があったのです。 |
* 最初に読まれた作品は?
「詩とメルヘン」で味戸ケイコさんが絵をつけられた「声の森」でした。たまたま本屋で見つけましてね、まず絵にせられました。すごい絵を描く人がいると思ってびっくりしました。それから読んで、なんて絵と文章がぴったりしてい
るんだろうと感心しました。ぞくっとするようなこわさのあるお話でしたが、優美な文体と物語にひき付けられて、それから、講談社から出ている文庫本を次々に読みました。私が三十歳を過ぎてからです。単純な子供向けのお話でない、影に引き込まれていきましたね。あとは、『風と木の歌』の作品が好きでした。
安房さんは、本当にたぐいまれなファンタジー作家でしたね。 |
「花豆の会」には、お声をかけて頂だきながら、なかなか出席できませんでした。集団に入るのが苦手なものですから、まして、人前で話をするなんてほとんど初めてで、お聞き苦しかったのではないかしらと心配です。長い時間お聴きくださいまして、ありがとうございました。 |
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※本文中のカットは、南塚さんの絵本から、ご了解をいただき、転載させていただきました。
なお紙面の都合で、一部お話を割愛させて頂きましたので、ご了承ください。(文責・花豆
世話人)
※ホームページ掲載にあたり、一部を略させていただきました。
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